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パンをこねるように、
社会課題をこねてヒビを入れていく
田中:平塚さん。お目にかかれてうれしいです。まずはConeru立ち上げの経緯として聞かせてください。大手自動車メーカーや製菓の会社を経て、今の会社を立ち上げられたと聞きました。その経験が今の事業の血肉になっているわけですか?
平塚:そうですね。製菓会社ではB to Bの販売が主でしたが、その後、製パン会社に転職し、そこではネットショップでパンを売る経験をさせていただきました。小ロットの商品を直接多くの人へ発信するB to Cの売り方や商品の作り方を学び、独立しました。
田中:まずこの「Coneru」というユニークな社名に興味を持ったんですが、この名前にはどんな思いが込められているんでしょうか?
平塚:私自身がもともとパンを製造していて、パン屋のコンサルティングやメニュー開発などを行っていたんです。その中で、メニューを開発する作業でも「パンをこねる」のと一緒で、「アイディアをこねる」感覚がありますし、社会全体を含めてさまざまなことをかき回してこねていきたいと思って名付けました。
田中:会社紹介のチラシに「食に対する社会の問題にヒビを入れていく作業」という言葉を使われていて、平塚さんのユニークさを感じます。IAMASに入られたのも、会社の立ち上げと関係があったんでしょうか?
平塚:はい。私はメディアにとても興味を持っていて、IAMASではメディア表現学科に入学しました。メディアというと、さまざまな媒体がありますが、「食」もある種のメディアだと思うんです。「同じ釜の飯を食べる」といわれるように、みんなで一緒に食べて関係性を構築していくことは、昔から行われてきましたが、それはもう当たり前になり過ぎて、フィーチャーされることがなかった。でもシェアキッチンを始めた頃、地域の人たちを呼んで一緒にご飯を作って食べるという活動を行っていた中で、まったく知らなかった人同士がどんどん仲良くなっていく姿を見られたんです。ご飯ができる頃には、どんどん距離が近づいて、笑顔が生まれて、話も弾むようになって。たった数時間でまるで前からの知り合いのように親密な関係になっていく。これは、人のつながりを生んでいるなと感じました。大垣のまちに食をシェアする場があれば、コミュニティが生まれて地域の役に立てるかもしれないという可能性を感じて、「この研究がしたい!」とIAMASに連絡したんです。
田中:私も大垣で生まれ育ち、今はこうして皆さんとの縁でまちづくりに取り組んでいますが、子どもの頃から「大人になったら都心部へ出る」と決めていました。大垣市は歴史あるまちですが、半面、新しいことに躊躇してしまう点があるのも事実です。この地域に新しいものを取り入れる際に、やりにくさみたいなものはなかったですか?
平塚:シェアキッチンを始めた2018年には、まだシェアという文化があまりこの地域には浸透していませんでした。でも、「お菓子を作る工房がない方が、シェアキッチンを使ってマルシェに出店するなど、起業の可能性も生まれます」とまちの人に説明したところ、期待感を抱いていただき、いろいろと協力してもらうことができました。クラウドファンディングに挑戦した際も、まだその仕組みがあまり知られていなかった頃で、1人1人説明していく中で「この商店街にそうした新しいものができるなら、ちょっとおもしろそうだね」と共感を得られた感じです。
田中:それは平塚さんの人柄でもあるだろうし、期待感があったんでしょうね!
平塚:大垣って多くの和菓子屋がある“お菓子のまち”で、これだけ老舗店が残っているまちはそんなにないんですよ。でも、それを地元の方々はあまり気づいていなかった。私は一度外へ出たからそれに気づいて、和菓子だけじゃなくこれから生まれてくるお菓子作りの人たちを応援することで、このお菓子文化を残さないといけないということは、言い続けていましたね。
田中:私も今、サステナビリティのコンサルタントをずっとやってきて、最近のテーマは「温故知新」だと改めて思っています。ちなみに、シェアキッチンを支援してくれたのは、どんな方々だったのですか?
平塚:最初はシェアキッチンを必要としている人が支援してくれると思っていました。だけど、実際にやってみると、「何かまちを変えてくれそうだから応援したい」という地域の方々が多くて、約70名の方々にご支援をいただきました。
田中:クラウドファンディングもシェアキッチンも、ほとんど知られていない時代に、それはすごい!
この仕組みがスタートしてから、今までにどれくらいの方々を支援してきたんですか?
平塚:すでに約60名くらいがシェアキッチンを活用され、9名が自分でお店や工房を持ちました。シェアキッチンを使い続けると、やはり利用料金がかさんでくるので、あるタイミングで「自分でやった方がいい」と思う時期か必ず来るんです。もともとそれが一番の目的。うちにとっては利用者が離れていくので、売上は下がってしまうんですけどね(笑)。
田中:「今後こういう人を支援していきたい」というパーパスはあります?
平塚:「何かやろうとしている方たちの一歩を後押しすること」というのは、いつも念頭に置いています。「いつか何かやりたい」と思っている方は本当に多くいらっしゃいます。その“いつか”は「子どもが成長したら」「お金が貯まったら」「定年したら」などさまざまですが、それは時代が変わったらできなくなるかもしれない。だから私は、今できる一歩でやればいいと思っていて、お店や工房がないならここで一歩を踏み出して、人生が変わればいいなと思っています。
田中:私もいつも言っているのは、「思ったらすぐやろうよ!」ということ。そこで大切なのがパッションだと思っていて、そういう思いを持つ方は、何か引き合うものがあると思っています。当社の創業者も地域貢献を目指して創業して、先陣を切って汗をかいたことで、何か切り開いていけたんだろうと思いますので、平塚さんのおっしゃっていることはとても共感できますね。
シェアキッチンはフードクリエイターの
一歩を支える場
田中:シェアキッチンについて、もう少し具体的にお聞きしていいですか?利用者はどんな方が多いんでしょうか?
平塚:やはり岐阜県初ということもあり、遠方から来る方も多いですね。シェアキッチンの情報発信は、あえて紙媒体をやめてホームページやSNSを中心にしています。そこには、「これから起業したい方は、自分で調べて行動するという気持ちをもってほしい」という思いがあります。
田中:自力でやるという思いは大事ですよね。門戸を開いておけばいいということではない。
平塚:そうですね。だから、問い合わせをしてくれる方のほとんどが、面談をする時点で屋号や売りたいことを決めている方が多いです。あとは、若い方よりも子育て中の30~40代が多いですね。男性も時々いらっしゃいますが、ほぼ女性です。
田中:女性が多いとのことですが、日本はまだまだジェンダーギャップなんて最悪な国で、ようやくそれではいけないと旗を振り出していますが、この業界ではそうしたギャップって感じられますか?
平塚:そうですね。特に製菓の業界は女性が多い一方で、何年も勤められない現状があります。なぜなら、勤務時間が長い、朝が早い、あと重い物を持つことが多く、結構肉体労働なんですよ。そうなると、やっぱり妊娠・出産、子育てとなると、辞めざるをえない。結局、子育てしながら他の仕事を選択して、子どもの誕生日の時だけすごいケーキを披露するような、スキルを持ち腐れている人が潜在的にたくさんいるんですね。それを分かっていたので、そういう方たちがスキルを披露する場、作ったものを売る場が提供できたら、もっと活躍できると思いました。
田中:それはちょっとした社会課題ですね。夢を諦めているのではなく、諦めざるを得ない社会環境がある。でもそうだとしたら、シェアキッチンという場を提供されて、喜んでいる方は多いでしょうね。シェアキッチンから卒業して独立された方とは、その後も何かつながりを持っていらっしゃるんでしょうか?
平塚:はい。例えばイベントやマルシェを一緒にやるなど、関係はずっと続いています。でもそんな中で、今回、コロナ禍ということになって、イベントやマルシェができなくなりました。シェアキッチンの利用者は、マルシェなどで販売する人がほとんどだったので、シェアキッチンの利用も激減しました。シェアキッチンの利用者は、使わなければ出費もないんですが、独立して店舗や工房を持った方は、家賃も発生するし、作ったら売らなければいけません。私は、卒業した方も仲間だと思っているので、そうした方たちに少しでも売り先を提供できないかと考えて、今回、食品自動販売機の設置を考えたんです。
1台の食品自動販売機「PANTRY (パントリー)by Coneru」に、
地域課題解決の仕掛けを詰め込んで
田中:平塚さんが新たに設置を始めた食品自動販売機ですが、これは作り手に新たな売り場を提供するという取り組みということなんですね。
平塚:そうですね。コロナ禍でマルシェなどのイベントがなくなり、シェアキッチンの利用者も減りました。その結果、利用者の収入ももちろんですが、シェアキッチンの運営自体も大変になってしまって。でも、作り手が「また作りたい!」と思った時に戻れる場所がなくなってしまうわけにはいかない。何とか維持しなければと、売る場所をつくろうと考えました。
ネットショップもやってみたんですが、マルシェで販売していた人の顧客って、地元の方なんですよ。だから、わざわざ送料を払ってクッキー1個買う方なんていらっしゃらないので、もっと手軽に届ける方法が必要でした。いろいろと模索した結果、食品自動販売機だったら24時間いつでも買いに来られると思い、設置を決意しました。
田中:なるほど。でも、ただの食品自動販売機ではなさそうですね。何かこだわりがありそう。
平塚:はい。食品自動販売機の仕様にこだわりがあって、実際に商品が見えるようにしてあります。商品も作り手によって特徴があるのが量販品にはない魅力なので、作り手や商品の特徴を目で見て知ってほしいという思いもあります。それで食品自動販売機にも、手書きのPOPを貼っています。POPには、作り手さんの紹介や私が食べた感想も入れています。それはお客様への商品説明だけではなく、作り手さんへのメッセージでもあるのです。
田中:最近は商品だけじゃなく、作り手・売り手のストーリーが共感を呼んでファンになるということが多いですよね。食品自動販売機を見たときに、ユニークだなと思うと同時に、買い手に寄り添っているものだと感じました。たくさん売るというより、共感してファンになってくれた方たちを大切にすることを主眼に置かれているんですね。また、食品自動販売機で売っている商品については、フードロスを大切にされていると聞きましたが?
平塚:やはり食べ物であり、作り手が頑張って作ったものなので、ロスになったからといって捨てるのは忍びなくて、賞味期限がわずかになったものや製造過程でできた販売できないもの、少しだけ余った材料などを二次加工して、再利用するようにしています。例えば、このラスクはベーグルを使ったラスクなんですが、弊社で作っているコーラシロップのスパイスが濃すぎる部分を入れて、スパイスが効いたラスクをつくっています。
田中:ゼロ・ウェイストって世の中で言われるようになりましたが、平塚さんの言葉はまたいいですね。「放っておけば捨てられる何かと誰かの化学反応で、誰かに届くもったいないと思う気持ちがスタートライン」。まさにこれは、強烈なメッセージですね。今、食品自動販売機は大垣市内に1台置かれているんですよね?
平塚:そうです。さらに今度、市立図書館にもう1台設置が決まっています。図書館といえば、新しい知識と出会う場所なので、それが食と出会う場所であってもいいなと思って。
それに、コミュニティを生みやすい場所でもあるので、食べる物があることで人が出会ってつながっていくことが、図書館から発信できたらいいんじゃないかと考えて、大垣市に設置をお願いしました。
田中:当社も社内にパンの自販機が置かれているんですが、こうした取り組みに共感して、企業でこの食品自動販売機を置きたいというオーダーがあったらどうですか?
平塚:ぜひやらせていただきたいですね! この食品自動販売機は、作る場所であるシェアキッチンの半径5kmに3台くらい置きたいと思っているんです。そうすると、メンテナンスする人を1人雇えるんですね。仕事は非対面なので、対面の仕事が苦手な人や子育て中の人などの雇用を生めればと思っています。
田中:そうか、雇用の創出も見込めるわけですね。地域ぐるみでまちを活性化させていく一助になれたら、とてもいいと思います。食品自動販売機を置いてから、何か新たな発見はありましたか?
平塚:自動販売機ってネットと違って、購入者の情報が数値的に得られないんですね。だから観察するしかなくて、よく購入者に話を聞いてみたりするんです。先日は、高齢の女性が2人で商品を選んでいて、何を買うのか聞いてみたら「これから2人で女子会をするからカヌレを買うの」って言われたんですよ。私たちがターゲットに想定していない方が、カヌレを買って女子会をするって、なんだかとても朗らかでうれしい気持ちになりました。そういうコミュニケーションが生まれることで、その人たちの生活が豊かになるんじゃないかと。
田中:考えもしなかったことが起こっているんですね。そこに、もしかしたら次のヒントが潜んでいるかもしれない。
平塚:はい。だから時には、試作品を入れてみたりもします。あとは、商品のラインナップとして、今後は防災食を入れようと思っています。災害が起こった時、子どもたちにいきなり乾パンを渡しても、食べられないじゃないですか。できればいつも食べ慣れているものを食べてもらいたいと思うので、5年間保存できるクッキーや、ゼリー飲料など美味しくて、普段も食べられて、さらに長期保存できるものなどを、入れていきたいです。
田中:防災食を常に食品自動販売機に置いておくって素晴らしい視点。「あそこにあれがあったな」って記憶させるのは、すごく大事ですね。
平塚:それと、これから導入する自販機からは、おもしろい仕掛けを取り入れようと思っています。アクリルパネルで動物や吹き出しの形をしたパネルを作って、自由にマグネットで貼れるようにすることで、見るたびにデザインが変わるようにしようと。吹き出しには「これおいしい、これおすすめ」って書きたくなるでしょうし、買った人同士がコミュニケーションを生むことを期待しています。
田中:非接触のコミュニティですね。今、ウェルビーイングという言葉が出てきて、人々が自分の幸福感とは何かを求めるようになってきました。その中で、人の気持ちを豊かにする、幸せにするお仕事をされている気がします。平塚さんは今ある課題に対してアイディアを出されて、解決の手段を持っている点が素晴らしいと思いますが、この先はどんなことを視野に入れているんでしょうか?
平塚:今はシェアキッチンや食品自動販売機、ゼロ・ウェイストと言っていますが、30年経ったら違う問題が起こってくると思います。私のビジネスは、常に社会の問題に切り口を入れていく活動なので、その時の変化に応じて常に流動的に変化し、対応していきたいと思っています。
田中:フレキシビリティというところが、平塚さんが本当にモットーとされているところなのかもしれませんね。いや、今回は本当にお話を聞いていて、ワクワクすることばかりでした。ぜひ食品自動販売機も地域に増やしていきたいので、私も企業や大学などに導入を促していきたいと思います。
本日は、ありがとうございました!
TOPIC
食品自動販売機「PANTRY (パントリー)by Coneru」を考案!
Company PROFILE
企業名(団体名) | 株式会社Coneru |
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代表者名 | 代表取締役 平塚 弥生 |
所在地 | 〒503-0887 大垣市郭町1-34 |