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Interview
SDGsの先駆者に訊く

Re:toucher 10
「人生を前向きにする車」に
取り組む鈑金工場が、
世界基準に挑戦。

坪井自動車鈑金有限会社(岐阜県大垣市)

代表 坪井 英倖さん
インタビュアー Re:touchエグゼクティブプロデューサー 田中 信康
SDGsターゲット
  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 08 働きがいも経済成長も
  • 10 人や国の不平等をなくそう
  • 12 つくる責任 つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう
※このターゲットはRe:touch編集部の視点によるものです
100年に1度の大変革期と言われている自動車業界。その一端を担う鈑金塗装業界において、世界的な認証を取得して、安心な整備はもちろん、障がいのある方のために福祉車両の改造に取り組む企業が岐阜県大垣市にある。決まりきった修理ではなく、一人ひとりの要望にお応えして改造に取り組む。それによってお客様の人生が180度変わる、お客様に喜んでいただける。これを糧に、鈑金塗装業界の認識を変えるために、これからも取り組んでいく。

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西濃で最古の鈑金工場が福祉車両に挑戦

田中:まずは、坪井鈑金さんの成り立ちからお聞かせ願えますか?

坪井:62年前になるんですが、戦時中に祖父が大垣で軍用機の部品をつくっていたのが始まりです。その後、終戦となり、これからは自動車の時代だということで、自動車の鈑金修理を始めたんです。これが西濃で一番最初のボディショップだったと聞いております。
その後、友人に声を掛けられてエレベーターをつくり始めたという、ちょっと変わった形態だったんですけど、それから昭和、平成と時代が移り変わっていく中、どんどん高齢化が進んでいくので、福祉車両に需要があるのではと思い、福祉車両も手掛けることにしました。
実は、福祉車両は手探りで直していることが多々ありまして、ディーラーの中でもなかなか経験者が少ないのが現実だったんです。ですが、プロとして手探りで修理しているというのはどうかと疑問が湧いて、しっかり学ばなければいけないと思いまして、「日本福祉車輌協会」に加盟して資格を取って、現在に至っています。

田中:安心安全を求められる自動車業界において、坪井代表のプロ意識の高さがうかがえますね。福祉車両を手掛けられるきっかけがあったとか?

坪井:以前、車椅子に乗られている方が当社に来たんですね。身体が不自由になってしまったんですが、自分が乗っている車に車椅子を積みたい、でも自分で運転したい。それにはどうしたらいいか、と。これまでいろんな車屋さんに相談したけど断られてしまったとか。当社も当時、そのようなことはやったことがなくて、困ったなと思っていたのですが、そんな時ふと、ウチには車を触る技術がある、骨格の中まで熟知している、鉄工所がある、鉄工所の技術と車の技術をミックスして、吊り上げるクレーンのようなものはできないかと考えたのが最初だったんです。

田中:それがテレビでご紹介もされていたピラーリフトというものですね。

坪井:そうです。車椅子を吊り上げるクレーンなんですけど、こういうものを取り付けることによって、これで自由に出掛けられる、とすごい喜んでくれたんです。それから当社に福祉車両とか、マイカーの改造などのご相談がどんどん増えてきたんです。
実は、福祉先進国のヨーロッパでは、マイカーを改造するっていうのは当たり前の話で福祉車両っていうカテゴリーが無いんですよね。一人ひとりの要望に応えた車っていう感じなんです。

田中:その最初にお客様から相談があったのはいつごろなんですか?

坪井:5年前になります。

田中:この短い間でここまでやられたということなんですね。

坪井:はい、実際に取り組み始めたのはまだ4年目になります。このままではいけないと思って、当時は資格を取るのに必死になっていましたね。それから協会に入って認定をもらったというわけなんですよ。やはり調べれば調べるほど、皆さん手探りで直されているのがほとんどでして、一番致命的なのが、国が法律上規制を掛けていないところなんです。車検の時に、エンジンとかブレーキとかは一生懸命見てくれるんですが、特別に改造されているところは車検項目外なんですよ。点検もされずにそのまま使っている状況で、実は近年関連事故も増えてまして、そんな背景があったので、インストラクターの資格もとって、きちんと運転手の方に使い方とか点検方法を教えるようにもなったんです。

田中:坪井代表のようにさまざまな資格を取得され、福祉車両を手掛けられている方は全国でも数は多くないと思うのですが、全国からもニーズもあるのでは?

坪井:ちょうど昨日、鹿児島県の方から問い合わせがありました。奥様が半身麻痺になってしまわれたそうで、でもこれまで通り旦那様と一緒にお出掛けしたいという強い思いがあるそうなんです。旦那様はSUVなどの大きい車に乗りたいそうですが、そういう車だと車高が高すぎて奥様が乗れない、でも奥様からはあきらめず好きな車に乗って欲しいと。
そんなご夫婦から、Facebookで坪井さんを見たって言われるわけですよ。できますかって言われて二つ返事で「できます」って答えたんです。うれしかったですね。
私の会社は「人生を前向きにする車」を目指しているんですが、その他にも、半身麻痺になられて引きこもり気味になってしまっていた方が、これではいけないということで車を買って改造して。そしたらどんどん身なりもきれいになられて、また女性と一緒に食事に行ったとか、パラリンピックにマイカーで行きたいとか、夢をどんどん話していただけるようになって、人生が180度変わったって言ってもらえたんです。
私、この仕事すごいな、と思えるようになったんです。私もがんばらんといかんな、って。

最大40kgの車いすを吊り上げできるピラーリフト

お客様の喜んでいただける姿が原動力

田中:本当にいいお話ですね。反面、苦労も多いと思うんですが、それでも続けていられるその原動力は、人の人生を左右するような尊いお仕事という点ですかね。

坪井:仰る通りです。お困りごとを解決し、笑顔になっていただけるというところが基本ですかね。

田中:これから高齢化がもっと進んで行く中でニーズはどんどん増えて来ると思うのですが、このような事業を知らない方もいっぱいいると思います。高齢の方などはSNSなどご縁がないでしょうし、どうやって知っていただくかというのも必要になってきますね。

坪井:そうです。情報発信はある程度やっているつもりなんですが、まだまだ足りないですね。その辺りもしっかりやっていかなければいけないと思っています。

田中:福祉車両というゴール「3」に直結する事業を発信していくことは、SDGsの一環だと言えると思うのですが、実際SDGsに触れるきっかけになっていかがでしたか?

坪井:実際過去には、車の廃水とか冷却水とか、エアコンガスとか環境に良くないこともいろいろとあったんですが、今は一切やってないです。また、働いているスタッフの環境はどうなのかなと考えたときに、ありがたいことに当社には若いスタッフがたくさん揃っていて、これからずっと一緒にやっていけるように、労働環境を整えてあげたいと、色々と考えるようになりました。

田中:そういった考えからISO14001の取得に踏み切られたのでしょうか。
中小企業でISO14001を取得されるのは大変なことだと思うのですが?

坪井:そうですね。当時は、何とかしないといけないと思っていまして、そんな時に考えたのがスタッフと同じ方向を向かないと進めないなということだったんです。それでISOを取得しようと考えたわけです。ISOを導入してからは具体的なゴールに向かってみんなで一緒に歩いていきましょう、って感じで会社全体がまとまっていったんです。

田中:先程お店に入らせていただいたときに、明るい空気感というか勢いというかそんな印象を受けました。そういった活動が表れているものと思います。ISO自体もこの業界では珍しくないですか。

坪井:鈑金塗装業界で取得しているのは当社だけです。ISOのほかにも、ドイツにある世界中の工場の基準をつくっている第三者機関でテュフ・ラインランドのプラチナ認証も取得しています。

田中:すごい(笑)。それこそSDGsのお手本のようなお話ですね。

坪井:でもなかなか厳しいです。色々と新たなルールが出来ますし、社内でもいろいろと問題もあったんですが、やっている内にスタッフの一体感というか、同じ方向を向いて一緒にやっている感じが出てきたんですよ。実は、この認証のおかげで高級外国車の認定工場にもなったんです。
でも、取っておしまいということでもいけないので、最近ではドイツから水性塗料を取り寄せているんですけど、環境にはものすごくいいですし、人体にとっても全然違います。コスト的にはかなり掛かってしまうのですが、地球環境とか労働環境とか、こういうこともみんなで納得して一緒に取り組んでいこうとすると、その必要性がみんなにも分かってくるんです。だから今では本当に入れて良かったと思っています。

「テュフ・ラインランド」が考える鈑金塗装工場の重要項目ピラミッド

田中:確かに社会貢献はやらなければいけないと思うのですが、SDGsが出てきてビジネスを持って解決していくという理屈はわかるのですが、採算が取れるかとか経営的な問題もあると思うのですが、その辺りはいかがですか。

坪井:これはなかなか難しい話ですけど、自動車業界は今、100年に一度の大変革期と言われていてこれからどうなっていくのか不透明です。私が信じているのは、そういう意識を持っている、そういう意識を大事にしている会社同士が、今の難局を乗り越えようとした時、どんな人に仕事を任せたいかと考えると、例えばSDGsに取り組んでいる、テュフを取得している、ということが、ビジネスパートナーとして信頼していただける、声を掛けていただけるのではないかと考えているんです。
会社の規模とかではなく、地球のことだとか、子どもたちが大人になった時に大垣の水はどうなっているかとか、海はどうなっているかとか、そういう他人のことを考えられる人たちじゃないと、これからは社会からは認められないんじゃないかな、と思うんです。

田中:ありがとうございます。すごい迫力のあるお言葉をいただきました。

坪井:いえいえ、世界的に見ると、日本のモノづくりは大変厳しい状況だと感じています。そんな中で、SDGsは武器のひとつになるのではと思うのです。

田中:SDGsで社員の皆さんの感覚もだいぶ変わったんじゃないですか?

坪井:そうですね、SDGsの17の目標の中で、前々から当社で取り組んでいることを当てはめていったら、ちょうど6つに当てはまったんです。それで当初はおしゃれでカラフルでいいね、って、最初はそんな感じだったんですが、それから朝礼や会議とかでも話をするようになって、地球環境に対することだとか、職場環境であるとか、お客様に対することだったりとか、そういった意識が変わってきたというのはありますね。

田中:でもやっぱり、そこからだと思います。皆さんの意識の中にそういうことが芽生えてきたのはいいことですよね。

これからの時代に必要とされる福祉車両

田中:御社の事業構造の中で、福祉関係の事業はどれくらいなんですか?

坪井:まだまだ15~20%くらいですかね。

田中:それは知らない方がいっぱいいるだけで、それが認知されたらその辺りの構造がどんどん変わっていくかもしれませんね。

坪井:変わっていかないとだめですね。高齢化は必ず進んで、身体が不自由になられる方の率が増えて来ると思いますし、こういった事業がもっと増えて行かないといけないと思っています。逆に少子高齢化とか、自動運転とか、自動ブレーキなんかがもっと進化すれば鈑金車体修理というのは衰退していかないといけないとも思っています。

田中:本当に世の中どうなるかわかりませんからね。でも、今日お話をお伺いして感じたのは、お客様の喜んだ顔が、坪井代表の喜ぶ顔になるんだなというところです。

坪井:ウチは鈑金塗装をずっとやってきたわけなんですけど、この改造を始めて一番嬉しかったのは、スタッフがやりがいがある、楽しいって言ってくれたんですよ。その人の困りごとを解決できる、だからやりがいが違うって。あれは嬉しかったですね。

田中:嬉しいことですね。じゃあやっぱり、個人のお客さんの仕事をするようになったことは会社にとってはすごくプラスになったということですよね。

坪井:そうですね。直接依頼していただけるお客さんの仕事は、やりがいも違いますからね。これが本当のビジネスなのかなって思います。

田中:やはりお客さんの声をダイレクトに聞けるっていうのは、やりがいに繋がるのだろうなと思いますね。

坪井:私も、この仕事に出会えてありがたいな、と思いますね。天職じゃないのかな、って。

田中:すごく分かります。結局は心持ちがないと続けられませんから。SDGsもそうですよね。ずっと続けていかなければいけないものですから。こうしてお話を伺っていると鈑金工場のイメージがすごく変わりましたね。そこまでやるんですか、って聞いてて思いますし(笑)

坪井:車屋さんって社会的にあまりいいイメージは無いのですけど、ヨーロッパではお医者さんと同じような認識なんです。それはやはり車屋さんがしっかりしているから、資格持っているとか、そんなのは当たり前なんです。
よく言っていただけるんですけど、あれだけくしゃくしゃになった車を直せる技術ってすごいねって。そこには熟練の技術というものがあって、簡単にはできない、それを安売りしてしまっている。もう少し評価が上がってもいい業界なんじゃないですかって。
だから当社では、お客様の車に全部バーコードが付いてまして、それで車の管理をしっかりと残しているんです。

田中:不公平と言うか、そんな感じもしますね。これからの時代、自動車業界は大変になってくると思いますが、この先どうなっていくのかわからないですから、坪井代表を中心にみんなで意識を変えてやられていることは素晴らしいことだと思います。これだけの熱い思いをお聞かせいただいて本当にありがとうございました。

TOPIC

  • 12 つくる責任 つかう責任
※このターゲットはRe:touch編集部の視点によるものです
テュフラインランドジャパン最高位
「プラチナ」認証取得工場

テュフラインランドとは、ドイツに本部を置く、技術、安全、証明サービスに関する世界的な第3者認証機関。工場の補修品質の高さを中立・公正に裏付けるもので、設備、技術から安全衛生、社内労務に至るまで厳しい評価基準をクリアしている。中でもプラチナ認証は高い水準が認められたことになる。

参考 https://tsuboban.jp/sdg%EF%BD%93/

Company PROFILE

企業名(団体名) 坪井自動車鈑金有限会社
代表取締役社長 坪井 英倖
所在地 〒503-0837 岐阜県大垣市安井町3丁目5
事業 車検・整備、自動車販売(新車・中古車)、福祉業務、ロードサービス、レンタカー、タイヤ預かりサービス、自動車保険、自動車鈑金塗装、薄板鉄板加工・制作、特殊車体車修理・加工・制作、トラック修理・加工・鈑金塗装、福祉車両修理・加工・制作、介護用自宅リフト修理・加工

Re:touch Point!

未開発の福祉車両事業への参入。お客さんの喜ぶ顔が原動力というその意気込みに感嘆。

Re:touch
エグゼクティブプロデューサー
田中 信康
確かにこれからの時代、福祉車両というものの必要性は高まると思われる。しかし、まだその基準が整備されていない。そんな世界に全社一丸となって取り組む姿勢が素晴らしい。若いスタッフの意気込みも頼もしい。世界基準と誇らしげに掲げて、鈑金業界、自動車業界を盛り上げていってもらいたい。