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県民・市民のための音楽を通じたまちづくり
田中:万照さん、ご無沙汰しています。きょうは、万照さんが全国区のミュージシャンとして活躍されながらも、岐阜に住み芸術文化の振興、まちづくりに注力されていることについてお聞きしたいと思っています。よろしくお願いします。 万照さんが岐阜市にUターンされたのが25年ほど前で、それ以降、岐阜での音楽活動と全国区でのサックスプレイヤーとしての活動を両立されています。まずお聞きしたいのですが、なぜ東京で仕事をするのではなく、故郷にもどったのですか?
野々田万照(以下、野々田):長女が生まれて環境の良い岐阜で育てたいと思ったことが、きっかけではあるのだけれど、なんといっても岐阜が好きだから。こればかりは変えられない。(笑)東京の生活はあわない、とずっと思っていたのね。もともと川釣りしたり、山登りしたり、野山を駆け回って成長したアウトドア派なので。そういう楽しみって東京にはないじゃない?
田中:確かに離れてみてわかる故郷の良さはありますね。
野々田:そうそう。それとね、僕はいま、郡上漁業協同組合の組合員で、アユ釣りの漁師もやっているの。父の代からで、それを継いでいるんだけど、長良川なんかでアユを釣って卸しているんですよ。当時、川漁師以外にもやりたいことがいっぱいあって、ミュージシャンという職業だけにとらわれないでいたい、という思いも強かった。だから東京で仕事をして暮らすことと岐阜での生活を比べたら、絶対に岐阜での暮らしだった。いいことしかなかったから。
田中:でも仕事への影響はありましたよね?
野々田:確かに仕事は減った面があるけれど、内容が変わったとも言えるかな。岐阜では、ミュージックスクールを設立したし、市民のジャズビッグバンドを立ち上げたり、学校を訪問して演奏をしたり、いままでとは違う仕事をできるんだよね。それに、アーティストと一緒に全国を回るツアーミュージシャンであれば、住んでいる場所に制限されずに仕事ができる。
田中:なるほど。高橋真梨子さんの全国ツアーに同行する時は、セントレア(中部国際空港)を使えば西にも東にも便利に行かれますね。
野々田:そうなのよ。だったらもう住むしかないでしょう。(笑)だけど、僕自身の音楽表現を岐阜でももっとやりたい、という気持ちも強かった。それをやれるようになるにはどうしたらいいかというと、やっぱり市民・県民のみなさんに音楽の良さを理解してもらい、音楽を楽しめる場所を作って、裾野を広げないとダメなんじゃないかと。音楽が身近になり求められる環境づくりだよね。
さんぽdeライブ
野々田さんが、前岐阜市長の細江茂光さんに提案し実現した「地元アーティスト活躍の場」。年1回のイベントで、アマチュアやプロの演奏家によるライブパフォーマンスが、市内の公共施設やオープンスペースなど複数の会場で行われる。来場者は、さんぽ感覚で会場を渡り歩き、さまざまな音楽が楽しめる無料のイベント。
主催:岐阜市ほか 後援:岐阜県、岐阜県教育委員会、岐阜市教育委員会ほか
野々田:僕が当初、細江さんに提案したのは、いまよりもっと広い範囲を会場にしてウォーキングコースをつくって、その途中いろいろなところで音楽が奏でられていて、岐阜のオリジナルフードみたいなものの移動販売車もあって。岐阜城天守閣にあるゴールでは市長が織田信長の格好で待ち構えていて完走の印に御朱印を押す、という壮大な構想だったんだけどね。(笑)そこまで大掛かりにはできないということで、いまの形になってます。(笑)
田中:2020年は新型コロナウイルスの影響で中止になってしまいましたが、岐阜市では秋の恒例イベントとして続いていますね。
野々田:地元に根ざした音楽の基盤づくりは僕の役割だと思っている。全国区で活動し音楽業界の第一線を理解している、大きな会場でのコンサート経験もある人間が、岐阜で愛を持って音楽によるまちづくりをする。こういう人間が実践すると、音楽の基盤づくりに必要な情報やノウハウだけでなく、地元への愛情を持っているからスムーズに進むと思う。
田中:岐阜への愛ですね。
野々田:そう。生活して「岐阜の良さ」をわかっている人じゃないとやれないと思う。観光のためにやっているのではなく、音楽・エンターテインメントを通したまちづくりを岐阜県民・市民のためにするわけだから。そんなまちづくりができていけば、僕や他の岐阜在住のプロミュージシャンの活動範囲が広がって、それを見た子どもたちは自分も音楽をやってみたい、「さんぽdeライブ」にでてみたいと、盛り上がってくれると思う。そうすると自然に岐阜は音楽文化にあふれたまちになるんじゃないか。そういう気持ちで、この25年、岐阜で活動しています。
アーティストが生きられる地元に
田中:「mantell.jpミュージックスクール」もその一環で誕生したんですね。
野々田:スクールのキャッチフレーズが「岐阜のエンターテイナーを育てる」。岐阜の子どもたちがきちんと音楽教育を受けて、岐阜で活躍して欲しい。要するに音楽の地産地消かな。実際、生徒の半分以上が子どもたち。
田中:設立が2012年ですよね。すでに何らかの音楽活動をしている子どもたちはいるんですか?
野々田:小学生と中学生の子どもたち6人のバンドをつくって、「さんぽdeライブ」や学校、幼稚園を訪問しての演奏なんかもやった。僕が直接指導して、毎週のようにスクールでリハーサルして、本番を迎える。これを何年にもわたってやっていたら、その中から2人が東海エリアを拠点に活躍するユニットにそれぞれ所属して、メジャーデビューしたよ。一人は僕の息子なんだけどね。(笑)男性ユニットBOYS AND MENの弟分としてデビューした「祭nine.」といういうグループにいる。スクールでは、それ以外にもドラマーとして活躍しているとか、音楽を指導する立場で活躍している卒業生もいるね。
田中:子どもたちにとって音楽が着実に身近な存在になっていますね。
野々田:そうなんだよね。子どもたちが音楽の未来を担ってくれているの。もしかしたら一度は、大都市に行っちゃうかもしれないけれど、「岐阜に戻ってきてもミュージシャンとして食っていかれるじゃん」と思ってもらえる環境をつくるのが大人の役割だと思うんだよ。それにいまは、ネット配信が主流になっているから岐阜にいても音楽を発信できる。世界的なエンターテイナーになれる可能性があるんだよ。
田中:岐阜でのミュージシャンの活動の場でいうと岐阜市が展開している「アートライブ・ウェルカム! アーティスト」もありますね。
アートライブ・ウェルカム! アーティスト
岐阜市出身やゆかりのあるアーティストが市内の小中学校に招かれ、パフォーマンスを行い、それぞれの文化・芸術を教える。野々田さんのサックスのほか、弾き語りやシンガーソングライター、声楽、落語、和菓子づくりなど、幅広い分野のアーティストが参加し、子どもたちはその文化・芸術活動に触れる機会となっている。学校側からは「生徒たちが生き方を考えたり、生きるエネルギーを得たりする貴重な機会になった」との声が寄せられている。
野々田:「アートライブ・ウェルカム! アーティスト」は、やっている僕にとっても楽しくて励みになる取り組み。僕の場合は、校歌をポップスやジャズにアレンジしてサックスで演奏するの、校歌だと言わないで、「いい曲なんだけど、みんな何の曲かわかる?」なんて言いながら。で、だんだんわかってきて、ざわつき始めて、最後は生徒たちが校歌を歌って、僕が演奏する。ある小学校なんかは、その時アレンジした校歌をいまも運動会で流して盛り上げてる。(笑)
田中:すごいなぁ。
野々田:「この曲がこんなふうになるんだ」って感心して、みんな喜んでくれる。だから音楽のことやジャズのことを、わかりやすく訴えていく必要があるのだと思う。僕らも若いころそうだったけど、関心のないことを関心のないまま教えられても「なんだよ、めんどくせえなぁ」って思うだけでしょ。だから心開いて聴く耳を持ってもらえるように仕向けないと。
田中:あぁ、ほんとうにそうですね。
野々田:音楽の授業を嫌いな子はいても、音楽自体を嫌いな子はいないと思うんだよね。授業で、歌えだの弾けだの、やらされるのが嫌なだけなんだと思う。小学校でサックス吹いた時に参加していた子どもと大人になって会う機会があって。なんとその子は、演奏を聞いて感動してサックスを始めて、プロになりたいと思っているんだって話してくれた。
田中:おおぉ、うれしいですね。
野々田:ほんとうにそう。演奏を聞いて心が動いてくれた。僕が行った意味があるってことじゃない。
田中:音楽には爆発的な力がありますよね。エンターテインメントの力って計り知れないし、人の心を揺るがすことができる宝物かな、と思いますね。
野々田:そうなんだよ。だから聴く耳を持ってもらうことが大事なんだよね。
教科書ではない、生徒が「参加する」教育を
田中:実は話をお聞きして思ったのは、僕たちが仕事でSDGsについての理解を深めていただきたいと動いているときの状況と同じなんです。「うちには関係ない」とか「めんどくさいなぁ」とか、そんな反応で。だからいかに自分事として興味を感じていただくかに力を入れてるんですが、万照さんの子どもたちに向けた姿勢と、とても似ているな、と思って聞いていました。
野々田:教育については僕なりの考えがあって。子どもたちに音楽を伝える活動を続けていて思ったのは、子どもたちへの教育の在り方は変えていったほうが良いということ。これは音楽に限らないんだけれど。
田中:どのような教育の形がいいと思ったんですか?
野々田:先生が「教える」だけでなく、生徒が「参加する」教育があるほうが質は高いと思う。先生に言われたから〇〇をしなければいけない、という形が子どもたちに「嫌い」な気持ちを植え付けたかもしれないよね。だから生徒にとっての垣根を低くした、教科書じゃない教育がこれからは大事なんじゃないかな。
田中:これまでの教育現場は、正解を教えるとか、こっちに行ってはいけない、これをしてはいけないといった制約をかけることが多かったと思うので、独創性は生まれにくいところがあって、弊害だったかもしれませんね。特にジャズはフリーな音楽だから、学校での演奏は、子どもたちに新鮮に聞こえるのでは?
野々田:そうね。みんな自由にやっちゃいけないと思ってるからね。「えっ、こんなのでもいいの?」って必ずなる。音楽の本来の良さや魅力をわかりやすく伝えてるだけなんだけど。
学校の先生からは「いままで何を言っても聞かない生徒たちをひとつにまとめる音楽ってすごいですね」って言われる(笑)
田中:さまざまな経験を積んで、それを子どもたちにコツコツと何十年もかけて伝え続けている人だからこそ、言葉に重みがあります。
野々田:20年以上もやり続けていると、子どもたちも育ってくれるし、きっと僕がやったことが何らかの形で岐阜のまちに生かされていると思っている。持続可能でなければ終わってるよね。
田中:そう思います。だからこそ、僕は声を大にして言いたいことがあるんです。万照さんのように思いやパッションを持って行動することが必要で。でも、そこにきちんと金銭が伴わないといけない。
野々田:そうだね。慈善事業のようにやっていたら成り立たないよね。
田中:継続できませんからね、サステナブルにならない。SDGsに向けた取り組みは経済効果を生むものだということを多くの方に理解していただき、だからお金をかけてやる必要がある、と認識して欲しいのです。
野々田:僕らは子どもたちへの教育も音楽家としての仕事の1つだと位置づけている。学校から何十万円ももらおうとは思っていないけど、適正な対価はないとダメだよね。そこは何らかの仕組みでサポートして然るべきだと思う。
田中:そうですね。SDGsに向けた取り組みは、全体像として正確に理解され、推進される必要があると思っています。SDGsは、2020年4月から小学校の教科書に掲載されるようになりましたから、こういう教育を受けた子どもたちが増えていく中で、親世代がきちんと認識していないといけない時代になっています。
野々田:僕らの世代は知らない人が多いからね。特に環境問題や貧困の撲滅なんかの話になると、「寄付するの?」「ボランティア活動するの?」といった慈善活動の話になりがちだけど、いまやそういう事だけではないことを大人に教育する必要があるね。
田中:そうなんです。SDGsは世界共通言語と言われていますけど、万照さんの子どもたちへの教育を見ていると音楽のほうが共通言語ですね。人の心を変える力が大きい。
野々田:そうかもしれないね、音楽は言葉がなくても世界の人の心を動かせるんだよね。僕は、その音楽を媒体にまちづくりをして、岐阜の経済を活性化させていきたいね。
田中:地域創生ですね。
野々田:うん、そう。岐阜市を巻き込んで音楽をやろうとすると担当する課が決まっているんだけど、そういう課を超えて、教育という枠組みを超えて、もっと大きく取り組んでいきたいね。(了)
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