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Interview
SDGsの先駆者に訊く

Re:toucher 02
美濃と和紙を、
元気にしたい。

丸重製紙企業組合(岐阜県美濃市)

代表理事 辻 晃一さん
インタビュアー Re:touchエグゼクティブプロデューサー 田中 信康
SDGsターゲット
  • 04 質の高い教育をみんなに
  • 05 ジェンダー平等を実現しよう
  • 07 エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
  • 08 働きがいも経済成長も
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを
  • 12 つくる責任 つかう責任
  • 15 陸の豊かさも守ろう
  • 17 パートナーシップで目標を達成しよう
※このターゲットはRe:touch編集部の視点によるものです
うだつのあがる町家が連なった情緒ある町並み。岐阜県の中央に位置する美濃市は、1300年続く美濃和紙によって栄えた、言わば「和紙がつくったまち」。長良川の清流と、河岸に緑があふれる土地からつくられる美濃和紙は、和紙商人や紙すき職人によって、その歴史が育まれてきた。
この地に2019年7月、かつて繁栄を極めた和紙の原料商の邸宅を改修した古民家ホテルが誕生した。築100年に迫る建物での滞在は、美濃の歴史と暮らしを体感することができる。 このホテルを運営しているのは、地元美濃市の機械抄き美濃和紙メーカー丸重製紙企業組合が、兵庫県篠山市を中心に古民家再生を通じたまちづくり事業を展開する株式会社NOTEとの共同出資会社みのまちや株式会社だ。
実は、丸重製紙では、市内の複数の法人や個人と共同出資し、地域電力会社も設立している。本業である機械すき和紙の製造・卸だけでなく、幅広く事業を手掛けるのには、「美濃と和紙を元気にしたい」という理事長・辻晃一さんの強い思いがあるという。
人口約2万人の地方都市で取り組まれている、地方創生によるSDGs達成に向けた道のりについて、話を伺った。

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美濃和紙が持つ唯一無二の価値と大きな課題

田中:辻さんが本業の和紙事業以外に手掛けているビジネスは、観光事業、エネルギー事業と多角的な展開ですね。

辻:「手広くやっていますね」と言われます(笑)。ですが私は「手狭です」とよく言うんです。確かに業種は多岐にわたりますが、この美濃という地域の地方創生を行っているわけで、SDGsで言う「住み続けられるまちづくり」を実践している、という感じですね。

田中:辻さんは、実家である丸重製紙を継いでいらっしゃいますが、和紙事業だけでなく、まちづくりをやろうと思われたきっかけは何だったのでしょう?

辻:私は、大学生になったのを機に東京にでて、就職もしました。会社がその後、上場したこともあり、ベンチャー企業の成長を非常に濃密に経験しました。それで、起業したいという気持ちが生まれましたが、家業もある。和紙は斜陽産業だとわかっていたので当初は気乗りしませんでしたが、困難な中で家業をよくすることもベンチャーではないかと考え直し、美濃に帰ってきました。和紙だけではビジネスのイメージが広がらなかったので、何かと組み合わせないとダメだと漠然と思っていました。

田中:東京や大阪、名古屋であれば、ビジネスのコラボレーションの機会は多いですが、地元でとなると難しいことも多かったのでは?

辻:そうなんです。まち自体に元気がなくて、私の通った小学校・中学校も廃校になってしまったくらいですから。ただ、板取川の清流や鮎といった自然、情緒ある街並みなどは、昔と変わりません。大学生のときに気づいた、地元を離れてわかった財産が美濃にはありました。

田中:同感です。私も同じ経験をしています。地元にいたときには気づかなかった価値を、いま客観的に財産として感じられますよね。

辻:美濃にこんな豊かな財産があっても、地域としては衰退してしまう、持続不能な地域になってしまうという危機感を同時に持ちました。持続不能な地域で、斜陽産業である持続不能な和紙業をやっていく、という現実が見えたときに「何としても持続可能な社会にして、かつ持続可能な産業にしていかなければ」という覚悟が生まれました。

田中:美濃和紙は、1300年にわたる歴史があり、美濃市をつくってきた産業ですから、その灯を消すわけにはいきませんね。

辻:はい、そう思っています。本美濃紙がユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、美濃和紙は、いま絶滅危惧種のような存在だと思っています。「遺産」ではなく「生きた産業」として、大きく拡大はしなくても一定のレベルで確実な形で100年先まで続く産業でなくてはなりません。
しかし、家業を営む中でわかってきたことは、思った以上に和紙は売れない、という事実でした。現代では、和紙を使う機会が圧倒的に少ないですし、使わないから興味を持つこともありません。だから、和紙を入り口にビジネスをしてもダメだと気づきました。和紙を守るためには、和紙にとらわれてはダメなのです。

「和紙を売る」から「和紙文化を買ってもらう」へ

辻さんの考えは、古民家ホテル「NIPPONIA美濃商家町」で具現化される。
「NIPPONIA美濃商家町」は、もともと美濃の和紙原料商が賓客をもてなす別邸として100年近く前に建設した建物であり、主屋と3つの蔵を客室に改修し、部屋の壁一面を和紙で装飾するなど、さまざまな種類の美濃和紙を用いてコンセプトを持った客室づくりが成されている。作家や和紙職人の方々が手掛けた和紙アートも見事だ。

辻:「NIPPONIA美濃商家町」をオープンするにあたり、大切にしたのは「綺麗に直しすぎない」ことです。江戸時代から続く古い街並みの中で、かつてそこを使用していた人たちの雰囲気を感じて欲しいと考えられています。茶人だった主の趣味やこだわりを復元、再生した茶室や庭、襖や障子などの建具、欄間。和紙原料商が大切にした風流を感じさせるもてなしと豪商の繁栄ぶりをいまに伝えています。
世の中の人は、和紙に関心はなくても、旅行やグルメには大きな興味を持ちます。美濃は、情緒あふれる街並みがありますから、そこを入り口にしてホテルに泊まってもらい、和紙を見て、感じてもらうんです。和紙を買っていただかなくても宿泊費がそこに落ちることで「美濃和紙を伝え売った」ことになると思っています。その結果、お土産として美濃和紙が求められるとか、リピートして美濃和紙を使っていただけるとか、そのような形で文化が伝承されればいいと思います。

田中:せっかく行ったんだから、何か買って帰ろう、家族のお土産にしよう、そういう発想になりますね。

辻:和紙ではない入り口にして、でも最後は和紙に帰結させます。ホテル事業を始めたときに気づいたのは、地域の価値を出すときに、里山の風景や街並み、地元生まれのおいしい野菜、肉、魚などの要素は、実は魅力としては弱いということです。農山漁村は、星の数ほどありますから。ですが、美濃には1300年続いている美濃和紙、それをつくった絶対的なレガシーがあります。しかも美濃和紙は、今に生きていますから価値として伝えやすい。美濃和紙のポテンシャルを改めて認識しました。

[写真右](株)NOTE ユニットプロデューサー 岡田 岳史さん

経済の仕組みを変革し、地域・産業を持続可能に

田中:「和紙を売る」のではなく「和紙文化を買ってもらう」ことが、“美濃和紙を守る”ことになるというわけですね。

辻:東京から戻ってきた私にとって、家業をどう守るかが出発点でした。ですが、現実を知るにつれ自分のやることは、美濃を活性化し、その中でまちの代名詞である美濃和紙を必ず守っていくこと。家業もそこにあった、という位置づけに変わっていきました。実は、私は競争原理の中で利益を追求し続けるビジネスがあまり得意ではありません。ソーシャルビジネス(さまざまな社会課題の解決を目的とした事業)のほうが自分にあっていると以前から思っていました。

田中:ベンチャー企業の上場を経験した辻さんの発言としては意外です。(笑)

辻:(笑)今はもう右肩上がりに稼ぐことはできない時代ですよね。だからこそ、働きがいやたくさんのお金を使わなくても生きていける仕組み、自分にとってオンリーワンである故郷での心豊かな生活など、金銭ではない報酬や恩恵が大切なのだと思っています。

田中:それをどのように実現しようとされているのですか。

辻:地方は、自分たちに手の届かない“外”からの影響によって生活が左右され、不安を感じることが多くあります。外部(美濃市以外)に依存しすぎているいまの暮らしの仕組みを変えて、地域単位で社会も経済も回っていくモデルをつくる必要があります。さらに言えば、それをしないと美濃市はまちとして生き残っていくことができないと感じています。

田中:「美濃を何としても持続可能な社会にしていく」とお話されていましたが、「自立型・循環型の地域経済モデル」の確立が必要ということですね。

辻:古民家ホテル「NIPPONIA美濃商家町」には、県内外から多くの観光客が訪れます。美濃の暮らしと文化を体感できるホテルに宿泊し、美濃市内の街並みを満喫することで、地域にお金が落とされていきます。これにより地元の産業や商業が美濃市の中で成立します。さらに落とされたお金が、地域企業の成長に活用されたり、住民が暮らしのお金として地元で使用したりして、地域内を循環すれば、美濃市を支えることができます。

田中:そのような形で“地域を守るビジネス”を展開しているのですね。2017年には、地元企業などと共同出資して電力会社「みの市民エネルギー」(以下、みのエネ)を設立され、電力自由化によって可能になった電力を美濃市の法人や個人に販売されているそうですが。

辻:私は、地域を守るには、そこに生きている人たちの必需品である水、食、エネルギーを他者に頼らず自給できることが重要だと考えています。エネルギー事業で地方を活性化できるとわかり、みのエネを設立しました。幸い事業は順調なので、次のステップとして、生み出された利益を地域にどう還元していくかを考えています。市内の皆さんが電力会社をみのエネに変えたことでまちがこう変わった、とわかるものを早くつくって、循環型の経済を体感していただきたいのです。

田中:辻さんの構想は、まだまだ広がりますね。

地域内循環が生まれる「みの市民エネルギー」

利益追求だけではない、ビジネスは「社会課題解決の手法」

辻:社会を良くしていこうと思うと、今手掛けている事業だけでは足りないので、アイデアはいろいろあります。生きていくうえで水、食、エネルギーが必需品と話しましたが、例えば、地産地消のレストランがあれば、子どもたちに食育(食の知識や選択する力を育む)を行うこともできます。また、市内に飲料水の販売を行う企業もあるので、電気とセット売りにして、水を配達することも考えられます。

田中:やはり“手広い“ですね(笑)

辻:いえいえ、“手狭“です。地域限定の取り組みですから。(笑)
SDGsが提唱されたことで事業の目的が説明しやすくなりました。以前であれば「美濃にはマーケットがないでしょう」とビジネス寄りの反応をされましたが、SDGsのアイコンを使い、「世界で取り組まなければならないことに沿って事業をやっています」というとSDGsの実践だと納得してくれます。

田中:とてもよくわかります。私はビジネスの場面で「それは社会貢献だよね」と聞かれることがあるのですが、社会貢献でありビジネスだと答えます。SDGsには、お金を生み出す機会が内包されていて、いろいろなパートナーとのコラボレーションを生む起爆剤になると説明しています。SDGsはビジネスの考え方を見直すきっかけになりますよね。

辻:そうですね。日本で「ビジネス」は、「金儲け」とネガティブなイメージで捉えられることもあります。でもこれからは「社会課題の解決の手法」と認識していけばいいんです。お金を稼ぐとともに、社会の問題を解決するために正々堂々とやっていけばいいのです。こうしたビジネスは、スピード感も必要となるので官民連携も含め民間主導で行っていくのがよいと考えています。

田中:政府も自治体の首長も言っていますが、地方創生は自立的にやっていくことが必要ですね。

辻:自立した循環型の地域経済をつくるということです。この先も、家族を守り、生きていくには、これまでのように仕事とお金があるだけでは成り立ちません。先行きの不安が大きい社会から、将来に渡ってより良い社会にするために、いま私たちが構造をつくりかえなければ、子どもたちに申し訳ないと思うんです。

田中:私も小学生になった子どもがいますのでとても共感できます。彼らが生きていかれる社会に、いま変えなければいけないという思いが原動力になって日々、仕事に向き合っています。未来に何を残していかれるかは、人の気持ち次第、「思ったら行動する」ことですよね。

辻:そうですね、小さくてもできることから行動に移すことです。思いを原動力にすることが大切だと思います。(了)

TOPIC

  • 07 エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
  • 08 働きがいも経済成長も
  • 11 住み続けられるまちづくりを
※このターゲットはRe:touch編集部の視点によるものです
エネルギーも地産地消へ

2016年の電力自由化にともない、地域の自立を目指して立ちあがった、あたらしい電力会社。それが「みの市民エネルギー」。
地域のお金をできる限り、地域内で使うことで“ちいさな経済”を充実させ、元気でサステナブルな社会の実現を目的としている。

みの市民エネルギー株式会社
代表取締役 辻 晃一
所在地:〒501-3743 岐阜県美濃市78-7 美濃商工会議所1階
設立:2017年9月7日


[写真右]みの市民エネルギー(株) 取締役 野々村 雅樹さん

Company PROFILE

社名 丸重製紙企業組合
URL https://www.marujyu-mino.com/
代表理事 辻 晃一
所在地 〒501-3784 岐阜県美濃市御手洗464
設立 1951年2月12日(昭和26年)
事業
  • 機械抄き和紙の企画、製造及びコンサルティング
  • 和紙製品の企画、製造、販売及びコンサルティング
  • 機械抄き和紙及び手漉き和紙の販売
  • 和紙原料(楮など)の生産及び販売
  • 観光事業
  • その他、美濃と和紙を元氣にする事業

Re:touch Point!

ソーシャルビジネスの粋、ここに有り。やはりSDGsは、ビジネスを変えることができる。

Re:touch
エグゼクティブプロデューサー
田中 信康
伝統ある和紙のレガシーはもちろん、電力自由化によるエネルギーの地産地消、そして、ワーケーション・民泊での空き家課題の解決。ソーシャルビジネスの粋とも言える素晴らしい取り組みの数々が、ここ岐阜県で展開されていることを、果たして何人の方がご存知だろうか。
「SDGsは、ビジネスの考え方を変える」。これは筆者が常々提唱していることであるが、それを辻代表理事がまさに実践されている。「お金を稼ぐとともに、社会の問題を解決するために正々堂々とやっていけばいい」という言葉は非常に頼もしく、そして勇気づけられるものであった。次は何を仕掛けようとしているのか、期待せずにはいられない